国立劇場のロビーを飾る彫刻「鏡獅子(かがみじし)」の作者として知られる彫刻家・平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)。100歳を過ぎても衰えることのなかった創作への意欲は、「六十七十ははなたれこぞう 男ざかりは百から百から」という名言に表れています。本コラムでは、小平市平櫛田中彫刻美術館の学芸員を務める藤井明氏が、平櫛田中の遺した言葉の数々を紹介。107年の充実した人生を全うしたデンチュウの言葉から、人生を豊かにするヒントをひもときます。
きょうも おしごと おまんま うまいよ
びんぼう ごくらく ながいき するよ
「おまんま」。もはや死語となってしまったのだろうか、近頃さっぱり耳にすることがなくなった。でもこの言葉は、それを聞くとふっくらと炊きあがった白い御飯が目に浮かんでくるようで、筆者は好きだ。ごはんを美味しく食べられるように今日もせい一杯働こう、そんな気分にもしてくれる。(中略)
デンチュウは明治生まれの多くの芸術家がそうであったように、戦前まで経済面で苦労した。とにかく作品が売れないので収入がなく、借金が積りにつもって家主から立ち退きを迫られたり、生まれたばかりの子供にミルクを買ってやれないということもあった。それだけに貧乏のつらさは骨身に染みていて、昭和37(1962)年に文化勲章を受章し昭和天皇の宮中晩餐に招かれた際、陛下から最も苦労したことは何かと訊ねられたデンチュウは、「おまんまを食うことでした」と答えている(※註)。
「空腹は最高の調味料」というが、貧乏生活の中でありつくことのできた「おまんま」は極上の味。まさに「ごくらく」だったに違いない。デンチュウにとって句の前半と後半は矛盾なくつながっていたのである。
こうしたつらい経験をさらりと明るく詠み上げるのは容易ではないが、今回のデンチュウの句は、忙しく、つらい毎日の中でも日常のありきたりの行為や出来事を実感することが、生活に潤いを与え、生きる力になるということを私たちに教えてくれているようだ。
※註 今泉篤男「平櫛田中先生回想」(『現代彫刻』37号、昭和55年3月)より
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